一緒は安心??
先日、あげたブログを書きつつ思いだしたので、書いておきます。
そして、脳内の断捨離をしたいと思います。
お手て繋いで一緒にゴール
「まわりと一緒が安心」信仰でよく話題になったのは、「手つなぎゴール」ですよね。
ゴール手前で遅い子を待って、みんなで手をつないで一緒にゴールテープを切る。
調べてみましたが、都市伝説☆なんですね。
本当にあったのかとおもってました。
情報をうのみにしてはいけませんね。
ちなみにわたしは、小学校のときびりっけつでした。
外に出るのも走るのも嫌いでした。
「だから早くは走れない。」当然の結果です。(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪
そして、学校行事のなかで断トツに運動会が嫌いでしたヾ(≧▽≦)ノ
団体メンバーはどう決めるべきか?
都市伝説の「手つなぎゴール」ではないのですが、部活動をやっていると、こういう問題、出てきませんか?
これこそ、トップの考え方によるのでしょうけど、「最高学年を優先するか」「実力を優先するか」で団体メンバーを決める問題です。
これも結局のところ、コーチと保護者の信頼関係がものを言うのかもしれません。
うちの息子の部活では「団体戦メンバーは実力順ではなく、最高学年を優先してほしい」と発言する保護者がいました。
子供をもつ親としては、「なるべく自分の息子の出番を増やしてほしい」というのが正直なところなんでしょう。
でもそれって、一時の感情で子供の成長を阻害しているのではないかと思うのです。
部活動の時間がどんどん減ってきているなかで、いかに練習の効率を考え、また部活以外の自分の時間を練習に使えるか、で実力は大きく変わってきます。
自分の息子にそれを諭し、工夫を求めてやらせるべきなのに、それをやっている子を無視するかのようなことをどうして堂々と言えるのか、不思議でなりませんでした。
もし仮に、その子に実力以上の何か、例えば、みんなの雰囲気を盛り上げることができるとか、冷静な判断ができるとか、団体のメンバーとして周りが認めるような何かがあれば、当然、その子は選ばれていると思います。
「実力もその他のことも、ほかのメンバーに追いついていないから選ばれなかったのだ」と考えさせることはできないのでしょうか。
団体メンバーから外されて文句を言う保護者は、息子が部活動のときをどうすごしていたのかを知らないし、
コーチに注意されても「だって試合では使わないから」と言い訳をして基礎練をおろそかにしているのを知らないのです。
挙句、保護者も一緒になってコーチへの不満を言い募っていたりします。
もし自分の息子が一所懸命に練習して実力をつけたのに、「まだ二年生だから」という理由で降ろされたとしたら、その後の部活動の雰囲気ってどうなるのでしょうか?
努力をした実力者はいなくなるのではないでしょうか?
努力もしない文句ばかりの生徒たちを、いったい誰が指導していけるのでしょう?
そんな部活動でやっていく意味を見出せるのでしょうか?
「努力は美徳」という考え方が古い、と言われることもありますが、中学の部活では「努力は美徳」だとわたしは思います。
保護者が「実力よりも学年で」と堂々と言うことが、子供たちに与える影響を、われわれ保護者は自覚すべきです。
子供たちとコーチとの溝を大きくしているのは、保護者の側なのかもしれません。
パワハラと指導の違いを、保護者も考えるべきなのではないでしょうか?
ここに長々と書いたのは、自分の考えをしっかりと意識するためと、面とむかって言う機会がなさそうだからです。
熟考タイプといえばすこし救われる気がしますが、どう頑張ってみてもあまり頭の回転が速いほうではないので、みごとに機会を逸してしまったのですよ(;´д`)トホホ
もしかしたら、こののんびり思考は相手を追い詰めない「生きる知恵」なのかも!?
参考リンク
学校の運動会「手つなぎゴール」の都市伝説 いつからどんな風に広まった?もっとも古い内容は? - NAVER まとめ