先日、クラブに参加してきました。
息子が通う中学校では、土日は父母会主催の任意のクラブ活動があります。
顧問の先生は基本的には参加しません。
先生方の働き方改革だそうです。
以前、ブラック部活動について書かせていただきました。
今回、引退したハズの息子とクラブ活動に参加してきた理由は。コーチに合格報告とお礼のためです。息子はもちろん、卓球したくて。ですが。
息子は合格後二回目の参加なので、もう報告済みなのですが、わたしは個人的にコーチには勉強させていただいたと思っているので、直接お礼がしたかったのです。
それというのも、こちらのブログにも書いたかもしれませんが、息子の面接練習で質疑応答を考えていた時です。どうにも志望動機や中学校で頑張ったことなどが、印象としては弱いのではないか、と感じたのです。
中学の三年間、息子なりに頑張ってきたのは間違いないのですが、これといった輝かしい実績はありません。卓球についても、一年生のときは真剣にやっていなかったせいもあって、地区ベスト16どまり。ほかのことも驚くような実績はつくれていませんでした。
これでは試験官の印象に残るのはむずかしいのではないか?と考え、コーチと部員との橋渡し役を務めたことを具体的に話せた方がいい、と感じたのです。
そこで、コーチから指導を受けた中で「どんなことが役だった」とか、「コーチの指導で気を付けるようになったこと」はないか?と聞いてみました。
すると、コーチが指導してくれた中でいちばん印象に残っている言葉について話してくれました。
「出る杭は打たれて強くなるが、出ない杭はくさるだけだ」
どういう状況でこの言葉をもらったのかは忘れてしまったそうですが、すごく息子に響いた言葉であったことは確かだと思います。
むすこは中学では「出る杭」の立場のことが多く、部員とコーチ、生徒や先生との間で調整役をするのに苦心していました。「出る杭」になることは、まわりから浮いてしまい、まわりにだれもいなくなるかもしれない、という不安を持っていました。しかし、この言葉を聞いて勇気づけられた部分があったようです。
このコーチが約二年前、中学校にきたときから息子の成長のためにすごく大事な存在になったと思っています。
息子には「コーチ活動の費用対効果」とか、「機会損失」、「つたわる話し方」とか、「コーチの世代(息子からみた祖父世代)の時代背景」だとか、いろんなことを話す機会をもらいました。また、練習方法についても、部員とのいざこざについても、対処法や考え方をたくさん話した二年半でした。
コーチの存在や部員たちの様子をみて、わたしは自分の未熟さを痛感しましたし、おかげさまでたくさんのことを勉強する機会に恵まれました。この二年半は、何気なく過ごすことが少なく、どうやったらもっと成長できるか、を考え続けてこれたと思います。
コーチには、息子が面接で話したことを感謝の意味もこめて話させていただきました。
来年度のクラブのこと。
来年度、二年生になる子達が辞めるという。理由はコーチが嫌だから。だそうです。
一瞬、わたしの頭をかすめたのは、コーチのせいにしないで自分の弱さを認めるべきなんじゃないかな。「うまくなるのをあきらめた」とか。
正直、後輩たちがコーチとは一緒にできないと判断してクラブを辞めるのも、その結果として地区でも最弱クラブになるのも、非情に聞こえるかもしれませんが、わたしには関係のないことです。コーチが子供たちを見限ってやめるとしても。
どちらにしても、双方が「相手に変わってほしい」と期待してる時点でこのカップルは成立しないと思ってます( 一一)
だから、このカップルを成立させるために何かをしたいわけではないような?
ただ、「自分はなぜこんなにクラブのことが気になっているのか」が気になるのです。
なんだかもやもやしていて、すっきりしないのです。
もう関係ないはずのクラブ活動なんですが、後輩の子供たちにも保護者にも「甘ったれるな!!」と言いたいのでしょうか? もしも言ったところで、相手に伝わるかどうかわかりません。わたしの言葉足らずもあって伝わらないのではないか、と思います。
それともまだ、自分にはやり残したことがあるんでしょうか?
たとえば、ボールをプレゼントするとか??
みなさんは、もやもやした気持ちをどう整理していますか?
よかったらコメントください。m(__)m